1965年から1966年にかけて、米軍はタコン空港を建設し、ここをケサン拠点群の最重要中枢へと発展させました。これは当時、南ベトナム最前線地域における最も堅固な防御システムの一つでした。拠点群全体は大規模に整備され、波形鉄板やアルミマットを敷き詰めた全長約3 kmの野戦滑走路をはじめ、指揮所システム、通信所、戦闘用塹壕、コンクリート製トーチカ、多層の有刺鉄線フェンス、地雷原、高密度の電子センサー網が設置されていました。タコンは戦略的軍事基地としての役割を果たし、C-130、C-123、UH-1やCH-47ヘリコプターなど多彩な航空機による軍事航空輸送活動を支えていました。同時に、ホーチミン・ルートに対する掃討作戦や破壊攻撃の出撃拠点でもありました。
1968年1月21日から7月9日にかけて展開された国道9号線・ケサンの戦いは、クアンチ戦場における重要な転換点とみなされています。この作戦において、解放軍は40,000人以上の兵力を動員し、歩兵、砲兵、防空部隊、特工隊(特殊部隊)、狙撃部隊など多彩な部隊の連携によりケサン拠点群への攻撃を展開しました。大規模な攻撃を伴う170日間に及ぶ激しい昼夜の攻防の末、我が軍は段階的に包囲を狭めて制圧し、タコン空港を完全に解放しました。1968年7月9日、南ベトナム解放民族戦線の旗がタコン空港の上空にはためき、作戦の完全な勝利を告げました。国道9号線・ケサンの勝利は「第二のディエンビエンフー」と称され、国際的にも大きな反響を呼びました。
写真:クアンチ省ケサンに位置した重要空軍拠点